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「儀式的な初夜の行為」は不成功に終る方がよい

男女の「生理」のちがいである。新郎はその夜をやる気満々で待ちかまえているが、新婦は不安と恐怖のどん底にある。この差を無視して性欲のままに新郎が襲いかかると、新婦は必ずや不感症になる。そこで新郎はことを急がず気長に待て、「儀式的な初夜の行為」は不成功に終る方がよい、といった戒めが語られる一方、新婦には新婦の心得が説かれるのだった。〈荷も人妻となるものは、単に精神的や労役的に犠牲を其良人の為めに払ふのみならず、肉体的にも犠牲を払はねばならぬものであることを、結婚の夜に先立ち懇々と能く説き教へ置くべきであります〉(『日本婚礼式』)ベッドの中でも夫に尽くせ。それでも夫に「レイプみたいな真似はするな」と説いているだけマシである。近代女子教育は、若い娘に純潔を求め、彼女らを性情報から遠ざけてきた。修道女に育てるならそれでもよかっただろうが、目指すところが良「妻」賢「母」である以上、性交渉を避けては通れない。

世界へいったん戻すのだという意識

井原西鶴『好色一代女』には「子おろし」になった水子らしきもののけの図像が描かれている。それは蓮の葉の笠をかぶり、下半身が血に染まった幼な子の姿であり、妖怪のイメージになっている。また血のかたまりからでたケッカイ(血塊)という名称もあるが、これは胞衣(後産といわれ、誕生後胎内から排出される)を意味したらしい。またケッカイというのは堕胎の結果生じた妖怪とされているが、結界か血塊かがあいまいな表現でもある。同様にノツゴという、道ばたにいて人に襲いかかるという妖怪も、間引きあるいは堕胎の対象となって見捨てられた子どもの怨霊と解釈されている。間引きや堕胎された子と、流産した子とを重ねて「水子」という呼び方をすることもあったが、それはもともと水の神を、出産を守る産神とする信仰があったことや、よく日本語として使われている「水に流す」などといった言葉に込められているように、水の流れを通して、もう一つの世界へいったん戻すのだという意識にもとづいている。

自分の名刺は、相手の名刺より下から渡す

名刺は同時交換が多い。渡すほうばかりに神経を使い、相手の名刺がおろそかになっている人が多いが、これでは本末転倒。名刺を「受け取る」のは案外むずかしいものだ。名刺交換の心得は、「目下の者が先に名乗り、相手の名刺を受け取ってから自分の名刺を渡す」ことだ。先に受け取らせようと、自分の名刺を無理に差し出さないこと。自分の名刺は相手の正面に向けて名刺入れの下に隠すようにして用意し、「はじめまして。○○でございます」とまず先に名乗る。それから名刺入れの上に置いてもらうように両手で差し出し、相手の名刺を先に受け取る。受け取ったらすぐに、名刺入れの下から自分の名刺を差し出すが、渡す瞬間、自分の名刺と相手の名刺に高低差をつけるのが重要なポイント。相手の名刺を持った手をやや高くし、自分の名刺を下のほうから差し出すと、自然に相手を敬っていることが伝わる。